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昔の大阪湾

 
昭和30年代頃までの大阪湾は、多くの人が海水浴を楽しんだり、カニのいる磯・干潟遊びに訪れるなど、人々にとって今よりずっと身近な存在だった。
古くは「茅渟ちぬの海」とも呼ばれ、豊富な水産資源に恵まれた海だった。


海水浴    

写真提供: 阪神電気鉄道株式会社
  昭和29年 甲子園海水浴場
多くの人が海水浴場に訪れ、海水浴やヨットなどを楽しんでいた。
潮干狩    

出典: 「吾がふるさと大阪湾 増補改訂版」(荒尾立夫著、平成元年)「吾がふるさと大阪湾 増補改訂版」(荒尾立夫著、平成元年)
  昭和32年 大浜出島(堺市)潮干狩
かつての大阪湾には干潟が多く存在し、潮干狩を楽しむ人々で賑わっていた。
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潮干狩    

出典: 「吾がふるさと大阪湾 増補改訂版」(荒尾立夫著、平成元年)
  昭和47年 樽井浜の潮干狩


漁業    

出典: 「吾がふるさと大阪湾 増補改訂版」(荒尾立夫著、平成元年)
  昭和25年 泉佐野市羽倉崎
地曳網の様子。女性も地引き網を引いている。


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【歴史・文化】天保山今昔
江戸時代末期の天保年間に安治川河口の大規模な川浚えが行われ、その土砂が積み上がって高さ27mの人工の山となり、天保山と名付けられた。人々の遊楽の場として利用され、現在も大阪湾ベイエリアにおけるレジャーの拠点としてにぎわいを見せている。
※天保山:大阪市港区築港、標高4.53m
     

出典: 大阪城天守閣蔵
  天保2~3年の天保山
     

出典: 「大阪港史 第三巻」(大阪市港湾局、昭和39年3月)
  明治20年頃の天保山界隈
     
出典: 「Port of OSAKA 2001-2002」(大阪市港湾局)
  現在の天保山(天保山ハーバービリッジ)


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室戸台風    

出典: 「大阪築港100年 海からのまちづくり 上巻」(大阪市港湾局、平成9年10月)
  昭和9年9月21日
築港の大桟橋における被害状況

当時は防災施設が十分に整備されていなかったため、自然災害が発生すると大きな被害を受けた。
 
ジェーン台風    

出典: 大阪市立中央図書館資料より
  昭和25年9月
戦後最大の被害をもたらしたジェーン台風

大阪市内では床上浸水28,000戸、床下浸水11,000戸を数え、暴風雨と高潮による水害は大阪に大きな爪痕を残した。


大阪港の建設    

出典: 「大阪築港100年 海からのまちづくり 上巻」(大阪市港湾局、平成9年10月)
  昭和9年頃の大阪港
大阪港は明治30年(1897)から32年の年月を費やして昭和4年(1929)に完成され、完成後の港勢は飛躍的に増大した。
 
開港当時の神戸港    

出典: 「PORT OF KOBE 2001-2002」(神戸市港湾整備局、平成13年8月)神戸市立博物館資料
  開港当時の神戸港
神戸港の歴史は古く、慶応3年(1868年)に開港し、国際貿易港として常に重要な役割を果たしてきた。
 
 

 


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